見えないけれど気になる…こども園・保育園の空気と次亜塩素酸ナトリウムのお話

子育て

こども園や保育園では、子どもたちを感染症から守るために、日々様々な取り組みをしてくれています。
その中でも代表的なのが『次亜塩素酸ナトリウム』による消毒作業です。

様々な菌やウイルスから、子どもたちの健康を守るとても効果的な取り組みなのですが…。

先日、あるお母さんから「時々、塩素のにおいが強く感じて心配になることがある。」という話を聞きました。
言われてみれば、確かにそう感じるときもあります。

この環境は本当に「安全」と言えるのでしょうか?

今回は、「見えないけれど気になる」空気の中の塩素ガスについて、一緒に考えてみたいと思います。

感染症対策に使われる「次亜塩素酸ナトリウム」とは

子どもたちが日々過ごしている、こども園や保育園では感染症の予防がとても重要です。

る「次亜塩素酸ナトリウム」は

「次亜塩素酸ナトリウム」は家庭で使う漂白剤やカビ取りに含まれる成分で「ブリーチ」や「ハイター」といった製品でおなじみです。ウイルスや病原菌に強い殺菌力を発揮することができ、正しく使えば ”子どもたちの安全” の強い味方になってくれます。

こども園や保育園では「ピューラックス」という製品が使われることが多いみたいです。
ピューラックス紹介ページ

保育現場での使い方

こども園では、以下のような場面で次亜塩素酸ナトリウムが使われることがあります:

  • 嘔吐や排泄物の処理後の床やトイレの消毒
  • おもちゃや机、ドアノブなどの除菌
  • 手洗い場やキッチンまわりの衛生維持

適切な濃度に希釈して使用することで、感染症の拡大を防ぐ効果が期待されています。

アルコール消毒との使い分け

感染症対策では、アルコール(エタノール)消毒もよく使われます。
アルコールと次亜塩素酸ナトリウムには、それぞれ得意な分野と制限があり、目的に応じた使い分けが重要です。

消毒剤特徴効果のある病原体注意点
アルコール揮発性が高くすぐ乾く/におい少なめインフルエンザ、一般的な細菌などノロウイルスには効果が弱い/揮発時に引火性あり
次亜塩素酸ナトリウム強力な殺菌力/ノロにも有効ノロウイルス、ロタウイルス、細菌全般金属腐食性あり/濃度管理が重要/塩素ガスの注意が必要
  • アルコール消毒は手指にも使用可
  • 嘔吐物などの処理には「次亜塩素酸ナトリウム」

と、場面に合わせて使い分ける、補完的な関係です。

安全を確保するために

ただし、「次亜塩素酸ナトリウム」は「強力」であるがゆえに、使い方を誤ると健康に影響を及ぼすおそれもあることが知られています。とくに注意が必要なのが、「塩素ガス」の発生と、それによる空気環境への影響です。

厚生労働省(現 こども家庭庁)から安全に使用するためのガイドラインが出されています。

保育所における感染症対策ガイドライン(2018年改訂版)

希釈の目安

  • 日常清拭:200-500ppm(0.02-0.05%)
  • おもちゃ消毒:200-1000ppm(0.02-0.1%)
  • 感染症流行時:1000ppm(0.1%)

市の保健担当の方から聞いた数値は

  • 通常時:200ppm (0.02%)
  • コロナなどの流行期 : 500ppm (0.05%)
  • 嘔吐などあった場合 : 1000ppm (0.1%)

以上の範囲で使用するように指導しているとのことです。

安全使用のための規制事項

使用上の注意

  • 医薬品としての承認を受けた製品を使用
  • 用法・用量の厳守
  • 充分な換気の確保
  • 子どもの手の届かない場所での保管

環境基準

  • 使用後の十分な換気
  • 残留塩素の除去
  • 金属製品への使用時は水洗いが必要

使用後に水拭きをすることで臭を軽減することができます(発売元オーヤラックスのポスターにも水拭きの実施が勧められています)

ピューラックスの使用例

残留塩素ガスについて

現在の屋内環境における安全基準は 0.5ppm となっています。「労働安全衛生法」成人の 8時間労働の場合。また、屋内プールにおける塩素ガス濃度の管理基準も「学校環境衛生基準」によって同様の数値に定められています。

学校環境衛生基準

こども園・保育園などの保育施設における指導要領といったものは明確には定められていません。しかし、体の大きさなど子どもの化学物質に対する感受性を考慮すると、毎日、長時間過ごす室内での安全基準として適切なのか?という疑問がわいてきます。

塩素ガス濃度は「臭い」で判断できるの?

塩素ガスの臭いに対する感じ方は個人差があります。また、長時間塩素ガスにさらされると臭いに鈍感になってしまいます。よって、安全かそうでないかの判断を臭いだけに頼るのは不適切と言えます。

実際の濃度を確認するには、専用の測定器の使用が必要です。

しかし、体感的に ”臭いがある” という事は何らかの化学物質が空気中に存在する事を意味します。

個人差はありますが、人間は 0.1ppm~0.3ppmの濃度で塩素の臭いを感じることが出来ると言います。基準値の 0.5ppmになると下記のように想像以上にきつい臭いになるようです。
※ < 0.5ppm の環境では急性、または慢性の影響は認められていない

0.5pの体感体感

項目内容
臭いの強さはっきりと分かる塩素臭(プールのような臭い)。多くの人が明確に「ツン」とした刺激臭を感じるレベル。
体感鼻や喉にかすかな刺激を感じる人がいる。敏感な人では「息苦しい」と感じることも。目が少ししみることもある。
例えるなら公衆プールの更衣室や塩素系漂白剤を使った直後の部屋に入った時のにおい。空気が「キリッとする」ような感じ。

上記を考察すると「臭いがない=安全」というわけではありませんが、臭いのある環境は感受性の高い子どもにとって不快なだけではなく、健康リスクのサイン(可能性)となっていると捉えて良いでしょう。

僕たちがまず目指すのは ”臭い” を感じない環境

子どもたちが過ごす環境での ”塩素の臭い” を危惧する理由は以下の3点です。

  • 大人との体格差・代謝能力などから、子どもの化学物質全般への感受性の高さを考慮する
  • 高濃度曝露へつながる前段階の可能性
  • 低濃度・長時間曝露の将来的な影響を懸念する研究はないが、安全性の担保にはなっていない

子どもはなぜ化学物質に敏感なのか?

1. 生理学的未熟性による影響

米国環境保護庁(EPA)の研究では、乳児期の代謝能力の未熟さが指摘されています。特に生後6か月までの乳児は、化学物質の代謝や排出能力が未発達であり、同じ曝露量でも成人よりも高い血中濃度を示すことがあります。これは、薬物や環境汚染物質、食品添加物などに共通する現象です。

2. 発達中の臓器への影響

厚生労働科学研究によると、発達期の脳や免疫系は化学物質に対して高感受性を示すことが報告されています。特に、神経系や免疫系の形成が進行中の時期において、低濃度の化学物質曝露が長期的な健康影響を及ぼす可能性があるとされています。 mhlw-grants.niph.go.jp+1mhlw-grants.niph.go.jp+1nies.go.jp

3. 行動・精神面への影響

東京大学の研究では、ダイオキシンの微量曝露がマウスの脳発達に影響を及ぼし、社会的行動や適応能力に異常を引き起こすことが示されています。これは、子どもの精神的健康にも関連する可能性があると考えられています。

塩素ガスについての見解ではありませんが、子どもの感受性は充分に考慮する必要性があります。

高濃度曝露、日本国内の事例

1. 岩手県・いわさき小学校(2024年6月)

プールの機械室で、酸性のポリ塩化アルミニウムとアルカリ性の次亜塩素酸ナトリウムを誤って混合し、塩素系ガスが発生。児童は授業中で近づかないよう指導され、けが人や体調不良者は出ませんでしたが、消防が現場の安全確認に対応しました。 tfd.metro.tokyo.lg.jp+3iwate-np.co.jp+3j-poison-ic.jp+3

2. 千葉市・こてはし温水プール(2023年6月)

水質管理中に、次亜塩素酸ナトリウムとポリ塩化アルミニウムを誤って混合し、塩素ガスが発生。約340人が避難し、男性職員1人が目の痛みを訴えました。利用者に被害はありませんでしたが、多くの子どもたちが避難する事態となりました。 news.ntv.co.jp

3. 山口市・小郡中学校(2023年6月)

理科の授業中、市販の塩素系漂白剤と薄めた塩酸を混ぜて塩素ガスを発生させる実験を行ったところ、授業終了後に生徒8人が体調不良を訴え、病院に搬送されました。全員軽症で、命に別状はありませんでした。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240913/k10014581091000.html

酸性物質との誤った混用による事例がほとんどです。正しい使い方をしていれば、このような事故は回避できるでしょう。

低濃度・長時間曝露の懸念点

では、子どもの感受性を考慮に入れて、長期間 ”臭い” の残る環境にさらされた場合の健康リスクについて考察してみたいと思います。

1. 呼吸器系への慢性的影響

2. アレルギーや喘息の悪化の可能性

  • プールの使用などにおける低濃度の塩素化合物への反復曝露については、かねてより喘息などの発症との関連が懸念されてきました
    しかし、最近の研究では、そうした曝露と喘息との間に優位な因果関係は確認されていないとの報告も見られます。
    よって本記事では、「可能性は否定できないが、現時点で明確な根拠も見出されていない」という、中立的な立場をとります。
  • アトピー性皮膚炎など肌への影響としては、小児科・皮膚科などの医師から、「可能性は否定できない」との見解を複数頂いています。
    次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系消毒剤が、アトピー性皮膚炎の悪化要因となる可能性については、明確な因果関係はまだ確立されていません
    しかし、皮膚のバリア機能に影響を与えるという研究や、アトピーのある子どもが塩素使用後にかゆみや乾燥を訴えるケースが現場では見られるため、小児科や皮膚科では「慎重に対応すべき」との立場が一般的です。

アトピー性皮膚炎の要因として「化学物質全般」が重要視されています。直接的に「塩素ガス・塩素残留物」に対しての指摘は認められませんが、子どもの感受性を考慮に入れて考えるべきでしょう。
この分野に関しては今後のさらなる研究が期待されます。

3. 粘膜や粘液膜への持続的刺激

  • 塩素ガスは上気道(鼻・咽喉)の粘膜に直接作用し、のどや鼻の乾燥感、灼熱感、声のかすれといった症状が慢性的に続く可能性があります。
  • 医療レビューでは、低濃度でも粘膜刺激が持続し、慢性鼻炎や咽頭炎の原因となるケースがあるとの報告もあります。
  • 特に、繰り返し同じ部位に刺激が加わることで、粘膜の保護機能が長期にわたり低下し、抵抗力を失うリスクも指摘されています。

MedscapePatient

ATSDR(米国毒物有害物質登録局)によれば、塩素ガスは0.5 ppm以下の濃度では通常、人体に有害な影響は認められていないとされます。
しかし、1 ppm程度からは、鼻や喉への灼熱感・軽い咳・呼吸機能の一時的低下などが確認されており、気道過敏症のある人や子どもではより敏感に反応する可能性が指摘されています。
長期間の低濃度曝露については、0.1~0.4 ppmでも粘膜の構造変化が見られたとの動物実験結果があり、「無害」とは断言できない状態ですhttps://www.atsdr.cdc.gov/ToxProfiles/tp172-c3.pdf

次亜塩素酸ナトリウムと発がん性の懸念

▶ トリハロメタンとは?~消毒副生成物の正体~

次亜塩素酸ナトリウム(漂白剤・消毒剤の主成分)は、有機物と反応すると「トリハロメタン(THMs)」と呼ばれる化合物群を生成することがあります。これは主に水道水の消毒やプール清掃などで発生しやすく、代表的な成分には以下のようなものがあります:

  • クロロホルム(chloroform)
  • ブロモジクロロメタン
  • ジブロモクロロメタン など

これらは**揮発性有機化合物(VOCs)**の一種であり、蒸気として吸入される可能性もあるため、空間の換気が不十分な場合は注意が必要です。


▶ トリハロメタンのリスク評価と発がん性

トリハロメタン類のうち、クロロホルムなどはいくつかの国際機関で**発がん性のある可能性がある物質(グループ2B)**として分類されています:

  • IARC(国際がん研究機関):クロロホルム → グループ2B(ヒトに対する発がん性がある可能性)
  • WHO飲料水ガイドライン:トリハロメタン類の総量(総THMs)に上限(例:100 μg/L)を設けている
  • EPA(米国環境保護庁):長期暴露による肝臓・腎臓・中枢神経系への影響も懸念

ただし、トリハロメタンの生成には「有機物+塩素」が同時に存在する必要があり、清拭消毒や保育施設での短時間使用で直ちに高濃度が生じるわけではありません。とはいえ、換気の悪い空間や高温時には注意が必要です。

「臭いの無い環境」のために私たちにできる事

ここからは、保護者の立場として「塩素の臭いが気になる」時、どう対応していけばよいか考えてみたいと思います。

まず、考えてしまうのは「こんなことを気にして、少し神経質と思われるのでは?」という不安です。しかし、ここまで述べてきたような健康への懸念がある以上、少しでも子ども達の生活環境を整えていく事は親の責任でもあります。

クレームを言って対立するという事ではなく、保護者が園や行政と協力して「改善できることがあれば改善する」という協力体制をつくることが大切だと思います。

現状の把握

まずは、感染症対策において具体的にどのような取り組みをしていただいているのか確認しましょう。

  • 次亜塩素酸ナトリウムの希釈倍率
  • 水拭きは徹底されているか?
  • 消毒の回数とタイミング
  • 換気は効果的におこなわれているか?
  • マニュアルの周知と順守

次亜塩素酸ナトリウムの希釈倍率

前述の「保育所における感染症対策ガイドライン」では、基本的に希釈倍率 0.05%(500ppm)が推奨されています。
一般的には、日常清拭で0.02%(200ppm)~0.05%(500ppm)と幅が持たせてあり、感染症の流行具合で調整する事もあるようです。

これについては「感染症に対するリスクヘッジ」という観点も踏まえて考えなくてはならないので、バランスをとった対策が求められます。

水拭きは徹底されているか?

次亜塩素酸ナトリウムによる消毒は、反応時間を考慮すると、清拭後10分間放置する必要があります。また、金属類への使用以外では「拭き取りはしなくても良い」という見解も見られるようです。

しかし、消毒後の「塩素臭の軽減」という観点からは、確実な水拭きの実施が求められます。

消毒の回数とタイミング

消毒の回数とタイミングについては、それぞれの園のオペレーションによります。

理想を言えば子どもたちのいない時間におこなうのがベストですが、人員体制などの理由から難しい場合もあります。

市の保健担当の方も「子どものいる環境での消毒作業」自体は問題ないという見解でした。

換気は効果的におこなわれているか?

「子どものいる環境での消毒作業」がおこなわれる以上、最も重要なのが ”換気” です。

施設の構造によって効果的な換気を考えることは、保育室内の環境を整えるにあたり特に重要です。
季節や気温によっても状況は変化するので、臭いが残らないよう様子をみながら、しっかり換気をする事が求められます。

もしも、臭気が顕著な場合は、何らかの構造上の原因がある可能性があり、対策を講じる必要があるでしょう。

マニュアルの周知と順守

消毒剤は、使い方を誤ると健康リスクにつながる“薬”でもあるという認識が必要です。
だからこそ、安全に使うための「使用マニュアル」が存在し、その内容を正しく理解し、確実に実行することがとても大切です。

しかし現場では、次のような課題が見られます:

  • マニュアルはあっても現場に浸透していない
  • 新人や非常勤職員が未確認のまま自己流で使っている
  • 日々の忙しさから、濃度確認や換気の手順が省略されてしまう

こうした“マニュアルの形骸化”は、子どもたちや職員の健康に影響を及ぼしかねない小さなリスクの積み重ねになります。

目標の共有

先ほども触れましたが、保護者と保育従事者のあいだの ”対立” が目的ではありません。子どもたちにとってより良い環境を協力して実現させるため、目標の共有が重要になってきます。

保護者側は、それぞれの園での実際のオペレーションを理解し、理想ばかり主張しない事。
園側は「クレーム案件」として根本的な問題から目を反らさない事が大切です。

また、必要であれば専門家の介入(市の衛生担当者など)を仰ぎ、第三者目線でのアドバイスも有効です。

「子どもたちの健やかさを、周りの大人たちで支える」という事を共通の目標としましょう。

まとめ

子どもたちの健康を守りたい――その思いは、すべての親にとって何よりも大切なものです。

もし、日々の園生活の中で「これって、子どもにとってよくないんじゃないかな?」と感じたことがあれば、どうかその思いを我慢せずに声にしてみてください

現状を正しく理解し、「必要以上に怖がらず、でも軽視せず」に、子どもたちにとって本当に安心できる環境を大人たちの手で整えていく
それは、私たち親・保育者・地域が共有すべき責任であり、願いでもあるはずです。

もし同じような不安を感じている方がいらっしゃったら、ぜひこの話題を共有してください
小さな気づきの積み重ねが、きっと子どもたちの未来を守る力になります。

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