千葉県の県境を流れる利根川と江戸川。その二つの河川をつなぐ利根運河。
流山市と野田市の市境に位置する利根運河の堤防周辺に市民の憩いの場 “運河水辺公園” があります。
2025年11月22日の土曜日に、定例の朝一と合わせて “オランダクリスマス” イベントがやっていたので足を運びました。
が…
いつもの如く用意に手間取り…
ついたらほとんど終わってました!( ´ ▽ ` )/
ので、気を取り直してどんな公園なのか紹介してみたいと思います。
運河水辺公園

利根運河の水際から堤防を上った遊歩道スペースを公園として利用できますが、なんといっても景色が気持ちいい!
この日は天気も良く、11月下旬に差し掛かりますが、土手に座って日向ぼっこをしている家族も多く見受けられました。
アクセス
東武アーバンパークラインの 運河駅 から徒歩3分

橋を渡って左に曲がると遊歩道が続く桜並木に入ります。

この先の土手の上の遊歩道に沿うスペースから運河の水辺まで公園が広がっています。
※ 車の場合、駐車場は基本ありませんので、周辺のコインパーキングを利用することになります。
公園施設
ここ、運河水辺公園は結構見所があるんです。
子どもの遊ぶところというよりは、のんびりするところ、景色を楽しむところといった趣向が強いです。(タイトルに【子どもの遊び場】と銘打っていますが…)
利根運河ビリケンさん

幸福をもたらす神様「ビリケンさん」
確か足の裏を触れば良かったんだとか…。
1909年(明治42年)アメリカから伝わったそうですが、キリスト教を信仰する人が多いイメージの強いアメリカで、八百万の神的な立ち位置の「ビリケンさん」が生まれるってちょっと不思議です。
日本では、大阪通天閣で有名ですよね。
こちらの「ビリケンさん」も歴史は古く、1913年(大正2年)に建立されました。
2018年に破損して、現在は2代目なんだそうです。
遊歩道

普段はこんなに賑わっていません。
この日は “うんがいい朝市 オランダクリスマス” 開催中で、出店やワークショップに加え シンタクラースパレード (サンタクロースのオランダ読み?)などのイベントが行われていました。
前述のとおり出発に手間取り、到着が遅くなってすべて見逃した訳ですが…。
なぜ オランダ なのか?というと、後で出てきますが、利根運河の建設に貢献した オランダ人技師ムルデル にちなんでのことでしょう。
遊歩道は桜並木になっていますので、春にはお花見の名所にもなります。

運河沿い緑地

晴れた日にここを訪れると、パッとひらけた運河沿いの景色に息を呑みます。
とても美しい光景です。
下まで降りられる階段も設置されていて、水際まで近づく事ができますが、特に雨の後などはぬかるみになっていて注意が必要です。
運河にかかる遊歩橋

階段を下ると、両岸をつなぐ遊歩橋がかかっています。
橋を渡って流山市側の運河敷へ行けますので、ちょっとしたウォーキングコースになっています。
5月の 端午の節句の時には鯉のぼりが飾られて、利根運河交流館 のワークショップで作った手作り鯉のぼりも一緒に掲げられていました。

時計塔(クロックタワー)

三角屋根が特徴的な時計塔、運河水辺公園のランドマーク的な存在と言えるでしょう。
こちらも オランダ風建築 となっています。建築時期などの詳細情報は見つかりませんでしたが、公園とともに歴史を感じさせる建物です。
ムルデルの碑

こちらが、ローウェンホルスト・ムルデル の功績を讃えて創られた碑石。
ムルデルと利根運河の歴史について書かれています。
内容は
「A.L. ルーウェンホルスト・ムルデル(Mulder)は、オランダ・ライデン出身の土木技師で、明治12年(1879年)に31歳で日本へ招かれました。日本政府のお雇い外国人技師として約11年間、日本各地の河川改修や港湾工事に貢献しました。
特に 明治23年(1890年)に完成した「利根運河」 は、日本の土木史に残る重要な事業の一つで、ムルデルが日本で手がけた最後の大規模工事です。また、そのほかにも利根川・江戸川・鬼怒川の改修、新潟港の工事などにも携わりました。
彼の業績を讃えて建てられたのが「ムルデルの碑」です。」
となっています。
利根運河交流館

遊歩道を200mくらい進むと、道を挟んで 利根運河交流館 があります。
いろいろ展示物があり、利根運河の歴史や自然、利根運河にゆかりがあるオランダ文化の紹介など、利根運河の魅力情報を展示・発信しています。
時々ワークショップも開かれ、手作り鯉のぼりのワークショップもここで行いました。
イベント情報などはこちら
遊具とトイレ事情
さて、子どもの遊び場としての運河水辺公園はどうでしょうか?
遊具

遊具はこの古いタイプの滑り台が唯一です。
子どもの遊び場というよりは、市民の憩いの空間という要素が強い公園ですね。
トイレ

公園の景観に合わせて建てられたトイレです。公園の施設としてはキレイに管理されています。
利根運河交流館にもトイレがありますので、そちらの方が少しキレイですかね。
利根運河の歴史と現況
設置看板からの文字起こしです
「利根運河の誕生 」
明治23年、利根川と江戸川を結ぶ全長約8Kmの運河が、 人見寧、広瀬誠一郎らの設立による利根運河株式会社の資本で完成。
- オランダ国のAT.Lローウェン・ホルスト・ムルデルー等工師 の設計・監督により施工。(国際的な技術交流の先駆け)
「役割・機能の変遷」
1.利根運河
利根川の河口、千葉県銚子から遡り
従前の関宿・宝珠花を経由しての、北関東、東北、 北海道の物資の輸送路を、距離にして約40km、
時間を3日から1日に短縮した利根運河。
明治から昭和の初期にかけて、航路として栄え。
50年間で約100万菱、年平均2万余隻が航行。
2.派川利根川
明治29年の洪水被害を経て、昭和16年の台風により水場橋 が損壊し、航路機能が停止。利根川の洪水分派を目的に国が買収。
昭和18年、「派川利根川」 (9km)で千葉県知事告示。
昭和40年、「派川利根川」 (6.8km)に建設大臣が指定。
3.流況調整河川
利根川からの都市用水の補給を目的とする、我が国では初の 「流況調整河川」として野田緊急暫定導水路(昭和47年に 零工、昭和51年に完成)の名称・機能を持った。
4.洪水分派河川
野田緊急暫定導水路と同時に着手した「流況調整河川」の、 北千葉導水事業が、平成12年3月に完成したのを受けて、 「派川利根川」の目的・機能は、初期の「利根川の洪水分派 (最大500t/s)」の役割に戻った。
5.今日的利根運河
昭和60年「ムルデルの碑」が市民の手で建立される。
同62年「運河水辺公園」開園。
平成2年、利根運河通水100周年記念の祝祭が、オランダ 大使館と地元の3市、產、学、民、濕、建設省、関係機関他 監賛団体により、通年で開催された。これを契機に、地元の 市民各位の要望により、「派川利根川」から「利根運河」に 政令の改正により名称が変更された。同14年3月運河出張 所内に「利根運河交流館」開設。4月1日から一般公開。
利根運河は、最初物流の航路として始まり、利根川の洪水対策、都市用水の確保などを経て、昭和の後期頃から運河水辺公園の整備へとつながったようです。
まとめ
利根運河交流館で行われるイベントやワークショップへの参加で何度か訪れましたが、
運河水辺公園は、子どもが集まって遊ぶタイプの公園かと言われると弱いですね。
地域の人々の憩いの場、癒しの空間、とても景観のよい気持ちの良い場所です。
子ども連れで訪れるなら、今回のようになんらかのイベント開催時がおすすめです。
